なんとなく半生記〜小学生の私とピアノと〜
このブログでは私の考えとか経験とかどうでも良いことを書いていくので、自分の半生を書いてみました。現在38歳なので76歳で死ぬとするとちょうど半生ですね。あり得ないことではないです。
文字にしてみると思い出すものも多かったので、面白かったです。
私が生まれたのは三重県のとある田舎の町です。そこで生まれて18歳まで暮らしました。
子供の頃は一言で言うとおとなしい子でした。人と遊ぶよりも一人でいるほうが気楽な性格で、その点では今もあまり変わってないです。
父親は自動車会社で働いていて、母親は自宅でピアノの先生をやってました。そのため、ごく普通の一般家庭なんですけど自宅にグランドピアノが2台ありました。
母親としては私にピアノを習わせたかったんでしょうね。ただそれは簡単なことではなかったと思います。自分も親になってみてわかるんですけど、基本的に子供って親の言うことを聞かないです。5歳とか6歳の子供なんてのは親の前でそれはもうふざけるわけです。それは当然親の愛情がないとできない行動なのですけど。そんな奴にですね、母親自らピアノを教えるなんてことは不可能だったと思います。母親は色々と試行錯誤をした結果、自分で教えることは諦め、私をエレクトーン教室に通わせてくれました。そのエレクトーン教室では10人ぐらいの子供がレッスンを受けてたんですけど、その中で私だけが男の子でした。今でもなんとなく覚えてるんですけど、それがもうすごく嫌で嫌で。もう泣きながらエレクトーン教室行きたくないって叫んでたの覚えてます。親の心子知らずとでも言うんでしょうか。もったいない話ですし、申し訳ない話ですよね。今だったら自分でお金出してでも行きたいような環境ですけど、当時は女の子に囲まれてるっていうのがすごく嫌だったのを覚えてます。母親には本当に申し訳ない話ですが、私の涙の抗議が実り晴れてエレクトーン教室を辞めることになりました。
時は流れて小学校3〜4年生の頃になります。
私が住んでいた町は小さい街なので、私の友達や学校の先生とか、みんな私の母親がピアノ教師であることを知っていました。そしてみんななぜか「私も」ピアノが弾けると思っていました。
なぜだかわからないのですけど、ピアノの先生の子供だったら少しくらい弾けるやろ、みたいに思っていたのでしょうか。そしてアホなことに私もそれを否定せず、自分はピアノの先生の子供なのでピアノが弾けるかもね、みたいなよくわからないプライドを持っていました。弾けないのに。
そのような根拠のないプライドはある日あっさりと崩れます。
小学校では毎年合唱コンクールがありました。各クラス別に生徒が合唱するのですけど、二人だけ歌を歌わない生徒がいます。指揮者とピアノ伴奏者です。まあ小学生の合唱の指揮者なんてものはあってないようなものと言いますか、そもそも誰も合唱中に指揮者なんて見てなかったりするレベルですけど、ピアノ伴奏者はそうはいきません。ある程度弾けないと合唱が台無しになってしまいます。ですので、各クラスそれなりにピアノが弾ける子が選出されます。各クラス一人くらいはピアノを習っている子がいたんだと思います。
ある年の合唱コンクールで、なぜかピアノが弾けると思われていた私のところにピアノ伴奏者の話が回ってきました。僕ピアノ弾けないです、または弾きたくないです、って一言言えばよかったんですけど、なぜか小学生の私は弾きますって言っちゃったんですね。弾けないのに。周囲から無理やりやらされたわけでもなく、自分で勝手に弾きますって言ったんです。多分私は当時楽観的な性格だったんだと思います。家にピアノがあるし、わからんことはお母さんに聞けるし、合唱コンクールまでに練習したら大丈夫だろう、とすごく前向きな発想でピアノ伴奏者を引き受けたんです。
で、引き受けたことを忘れちゃったんです。自分でも今思い出してびっくりしているんですけど、信じられないことにピアノ伴奏者を引き受けたことを忘れて多分ファミコンか何かに没頭してたんだと思います。
後日、音楽の授業で合唱コンクールの曲の練習がありました。当然、ピアノ伴奏者である私はピアノの前に座って伴奏を弾いてください、となります。当然ですけど1ミリも練習してないので全く弾けないんですよね。 その時のことは今でも頭に焼き付いてるんですけど、ものすごい恥ずかしさというか、ちょっと泣いてたかもしれません。普通ならそんなやつめっちゃいじられるんですよ。アホな男子とかからいじめられるんですよ。なんやお前自分でピアノ弾くって言って、なんも弾けてへんやんけ。それぐらい言われるのが普通なんですけど、なんかそれも言えないぐらいの空気だったのを覚えています。さすがの小学生も空気読んで、あ、これちょっとあんまりいじったらあかんな、な感じになって、音楽の先生も特に私を責めることもなく、まるで最初から私がいなかったかのように、じゃあ先生がピアノ弾きます、ってなりました。合唱コンクール当日は、他の子がピアノ弾いたのか先生が代わりに弾いたのかはよく覚えていません。
それからなんですよね、音楽に興味を持つようになったのは。