恥をかくことは悪いことばかりじゃない。学びの効率が上がります

まったく自慢にはなりませんが、ぼくは悪い意味でプライドが高いです。

例えば、
人前でわからないことがあったり、簡単なことができなかったり、うまく話せなかったりすると落ち込みます。
「そんなことで悩まなくてもいいのに・・・」というくらい凹みます。

しかし、数年前にあることに気付いてから、「恥をかくことを良しとする」180度逆の性格になりました。

 

恥をかくと効率的に学ぶことができる

ぼくが「恥をかくことを良しとする」ようになったきっかけは、大人数の前で「ドイツの首都は?」と聞かれて答えられなかったことです。

今思えば取るに足りないことです。しかし、当時のぼくは「ぼくはあまり地理とか詳しくないしな」と開き直るような器用なことはできず、「ドイツの首都という常識がわからないやつと思われてしまった・・」と落ち込みました。

ただ、そのことがあったおかげで「ドイツの首都はベルリン」を覚えることができました。それも脳の奥深くに刻まれました。例え箸の持ち方を忘れてしまったとしてもドイツの首都はベルリン、ということは覚えているでしょう。

自分の知らなかったことを短時間でかつ深く記憶することができたのです。

この先の人生で、恥をかかずに生きていくことは不可能でしょう。それであれば、いざ恥をかいた時にそれをプラスと捉えることができるような心構えをしておけばいい、と考えました。

なにかを知らないことで恥をかく時は、知らなかったことを効率的に記憶することができる、それは恥ずかしいことではあるけども「得」であると思うことにしました。

 

恥をかいても評価は下がらない

そのように考えを改めるとおもしろいことに気づきました。
ぼくがどんなに恥をかいても、周囲のぼくに対する評価に変化はなかったのです。

恥をかくことでぼくが恐れていた「常識のないやつと思われる」という恐怖は、実はまったくの思い違いだったみたいです。
どうやら、人はぼくに対してそれほど興味を持っていないようで、ぼくが恥だと思っていたことなど、彼らの記憶からはすぐに消えてしまっているようでした。

むしろ、恥をかくことを恐れてそれを隠そうとしたり、知ったかぶりをしたりすることの方が人々の記憶に残りやすく、評価も下がるということにも気づきました。

恥をかくことで「得なこと」がもう一つ見つかりました。

 

今ぼくは、わからないことを人前で指摘された時にちょっと得をした感じになれます。
これに慣れてしまうと恥をかいた後に勉強しなくなったり、恥ずかしいと思わなくなてしまうため、ある程度の緊張感は必要なのですが、少なくとも恐怖感はなくなりました。

 

必要以上に恥をかくことを恐れていませんか?

そのプライドを利用して、学びの効率を上げることができると思えば、恥をかくことは決して悪いことばかりではないはずです。